2008年東京―――
片桐蓮(窪塚俊介)は東京タワーの大展望台で一人、過去の記憶を蘇らせていた。
目に見えるすべての夜景の前で、それは「懺悔」なのか、それとも「祈り」なのか……。
時は1997年―――
関東地方の田舎町「城南市」、この小さな田舎町に育った五人の少年がいた。
片桐蓮、宮城大成(宮田大三)、藤田秀人(鎌苅健太)、高崎慎哉(粟島瑞丸)、大林裕亮(上吉原陽)。
彼らは「不良」そう呼ばれていた。五人は地元に古くから続く暴走族「城南一家」の二十六代目として十八歳≠ニいう「今」を生きていた。何よりも強い絆で結ばれている十八歳の少年達。持て余す力、抱えきれない心の十字架を振り回すには彼等の生き方は最高の輝きを放っていた。
なかでも蓮と大成はともに少年院出身の経歴を持ち、明日入るかも知れない二度目の少年院さえも「今」という時間の前では単なる結末位にしか思っていなかった。蓮と大成は幼馴染であり、血を分けないだけで自他共に認める兄弟同様の仲。「そこに居て当たり前」、そう思える存在だった。
しかし、少しずつ大人へと成長する二人の前にはある大きな違いが立ちはだかっていく。「生き方」という人生の差だった。それは同時に、「愛情の差」だったのかもしれない。ガラスの様な少年の心を少しずつ削り始めていく成長という時間。
大成には家族という生まれながらに存在する当たり前の愛があった。母の「愛」、祖父の「優しさ」が何時でも手の届くところにあった。一方、実父、実兄が極道の蓮には、母がいなかった。蓮を生んだ時に難産が原因で死別していた。「母」という存在への理想が、少年から大人へと成長していく中で自分と大成との違いを突き付ける儚さへと変わっていった。それに対して、幼馴染でありながらいつしか蓮の背中を追い続けていた大成には、蓮の強い生き方こそが「憧れ」そのものだった。蓮の前に存在するその環境に嫉妬に似た感情を思い描き始めていた。
自分にないものを見つめるようになっていた二人。
母のない蓮を幼い頃から大成と同じく我が子の様に可愛がったのも他でもない大成の母、小百合(美保純)だった。そしてもう一人、蓮と大成を支える「愛」があった。それが幼馴染で唯一の女の子、シズク(神田沙也加)の存在だった。
―――感情を出さない真っ直ぐな蓮の瞳。
―――見える憧れを真っ直ぐに望む大成の瞳。
どちらの瞳が真実かという答えはどこにも無かった。少なくともこの時はまだ無かった。それは隣に笑う仲間達が居たから少なくとも同じ少年の瞳で居られたのだろう。
そんなある日、少年達を待ち受けていたのは仲間「秀人の死」だった……
そこで見た大勢の「大人の涙」。秀人の「母の涙」。そして、もう永遠に十八歳から変わる事のない友、秀人。
秀人、一人がいなくなった意味が、良くも悪くも、十八歳の蓮と大成を少しずつ狂わせていく。
「少年」も終わりを告げる十八歳の冬。
蓮はヤクザになり裏社会へと自ら進んでいくことになる。世間への反発心などというものではない。自らの人生に唯一存在していてくれた絶対的運命、それがヤクザだっただけのことだった。
一方、自分にはない運命≠追うように、蓮やシズク、家族のいる故郷を捨て東京へと出て行く大成だったが……。
それから数年後。それぞれに待っていた運命とは。
それは、二人が求めていた運命なのだろうか。
その先に在る真実とは……。
そして、1999年 冬。
二十歳の歳を迎えた少年達は、故郷、城南の街で最初で最後の再会をする―――

